継続こそがKen Yokoyamaだ それぞれの夢と歴史を共有した初の日比谷野音公演

 2日前まで雨予報だった天気は、直前になって様子が変わり、当日は午後からすっきりとした晴れ。夕方の日比谷公園にはすでにできあがっている赤ら顔の中高年が溢れていた。Ken Yokoyamaにとって初めての野音。めでたい祭だし、予想外の晴天なのだから、仲間たちとお先に乾杯を。その感覚はよくわかる。  揃ってピザオブデスTシャツの家族連れもやたらと目についた。乳児連れ、幼児連れ、小学生や中学生くらいの子供もいる。狭小のライブハウスは厳しいが、野外の指定席なら家族で行ける。そんな判断をした人たちが大勢いたわけだ。それも非常によくわかる。飲んでいようが子供を気にかけていようが、彼らの表情はおしなべて幸せそうだ。  客の年齢層が比較的高いということは、Ken Yokoyamaを途中から知ったのではなく、始動した段階から追いかけてきた人が多いということだ。つまりは、2000年の夏を境にHi-STANDARDが動かなくなった時期を知っている世代。その後に起こる出来事など何ひとつ予想できなかったが、Ken Yokoyamaが再びメロディックパンクを鳴らし始めた時期の、あるひとつの感覚を、彼らは共有しているはずである。  『DEAD AT MEGA CITY』の巨大バックドロップが掲げられた日比谷公園大音楽堂。その幕開けはまさかの「Dead at Budokan」! 彼らが初めて日本武道館公演を行った2008年、せっかくなら武道館用の曲がほしいと急遽作られたもので、当然ながら他の場所ではめったに聴けなかったレア曲である。横山健(Gt/Vo)は曲中に出てくる〈Budokan〉の歌詞を〈Mega city〉や〈Hibiya〉と言い換え、15年前の記憶が残っている観客たちは〈Dead! Dead!〉と縁起でもないコーラスを嬉々として連呼する。これもまた歴史の共有に他ならない。 横山健(Gt/Vo) ...

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